茶陶~伊賀信楽~ 臥翠窯

伊賀水指(臥翠窯)
古信楽水指(桃山)
古伊賀花入(桃山)
古伊賀花入(桃山)
古伊賀水指(桃山)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀大壺(臥翠窯)
伊賀大壺(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀花入(臥翠窯)
伊賀花入(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
伊賀水指(臥翠窯)
黒釉伊賀茶入(臥翠窯)
土耳古茶器(臥翠窯)
初期作品(臥翠窯)
初期作品(臥翠窯)
初期作品(臥翠窯)
伊賀花入(臥翠窯)

 

①茶道具「伊賀」とは

「伊賀焼」は、信長や秀吉で知られる戦国時代に始まり、大阪落城の頃に失われました。茶道を大成した千利休、及び利休後継者の古田織部が活躍し、亡くなるまで。「約30年の短命な焼物」です。短命ではありましたが、作品は卓抜して優れたものばかり。いわゆる「御用窯」と申しまして、「茶人大名がスポンサーとなって特別に製造したもの」です。

少し背景を申しますと、「東洋の歴史」では、長らく陶磁器は「最先端技術を象徴するもの」でしたから、当時において「焼物の名品」というものは、それこそ中国では皇帝が指導し、スポンサーとなって製造する、「国家プロジェクト」です。この「中華皇帝が特別に作らせた器」は非常に優れたものが多く、現代の技術をもってしても再現不可能なものも多数。当時の戦国大名も、競ってこれを求め、名品として記録していますし、現代も同じく「国宝」の指定をもって、大切に保管しているものです。

この中国製「唐物」(カラモノ)への憧れ。中華王朝が行った「国家プロジェクト」。その「日本版」が、茶人大名がスポンサーとなって製造した「御用窯」です。「古くから雑多な器を作っていた民間の窯」ではない、大名専用の「御用窯」。その代表格の1つとして、「伊賀の茶道具」は非常に高い知名度を誇ります。


②「茶道具」って何?

文字通り「茶の湯の道に用いる器」です。では、茶道にはどういった器が「良い」のか。これは、考えれば考えるほどに非常に奥深い問題です。「仏法も茶の湯の中に在り」(村田珠光)という言葉があります。これは茶の湯を「大成」した利休の師匠の言葉なのですが、茶の湯の「始祖」を遡れば、中国・唐宋時代の禅寺に源流があります。つまり、本来的に禅寺を生みの親としているので、「茶道の中に禅仏教の要素がある」というよりは、「そもそも禅仏教から茶道は始まった」という見解の方がスッキリするかと思います。もちろん、御存知の通り、千利休は「禅僧」です。

ここで、改めて文字を見ましょう。茶「器」ではなく、茶「道具」です。「道」とは道徳、修める(=備える=具える)べき徳を云います。つまり、器に「道徳」という性質の「品格」があるものを「茶道具」と言うのです。器は、実用を満たすだけにとどまらない。たとえば「俺が!俺が!」と、「自分を誇示するような器」。これって・・・どう考えても「徳」には遠いですよね。茶道で有名な「和敬清寂」という言葉がありますが、その最初の文字は「和」です。「調和」が無い器というものを、「茶の道徳を具(ソナ)えている」=「茶道具」と呼べるでしょうか。例えば花入れ。花入れは、「花が主役」です。つまり、求められているのは「主役を引き立てる名脇役の花入」です。「主役顔した主張の強い花入」なんていうものは、結婚式の客が純白ドレスを着ている様なもの。茶道具は、鑑賞美術品じゃないんです。見てくれだけが良いのはダメ。しっかりと道を具えてこその茶道具です。

現代では外見の奇抜な、「現代的」な茶道具が大手を振っております。鑑賞用ですね。私自身も、若い頃はそれに影響されたりしたものですが、茶道を様々、師匠から教えて頂く中で、「本来在るべき茶道具の姿」を、知ることが出来てきた次第です。考えれば考える程に、奥深い課題として、何がより「良い」のか。これを追っていくのが「茶道具の陶工」としての仕事であると認識しております。

 

③薪窯焼成と粘土の話

古くからの窯として著名な「信楽」の独特の風情。「信楽」を「御用窯」として磨きあげた特級品が「伊賀」です。その風情は薪で焼いた時にだけ、本来の表情が現れます。というのも、「信楽」の赤い色彩「緋色」も、伊賀の綺麗な灰ガラス「ビードロ」も、「薪で焼いた時にのみ現れるもの」なのです。もちろん、「薪を使わずに人工的にこれを再現したもの」もありますが、これは「観光客向けの安価模造品」です。店では断りなく置かれていますので、普通何も知りませんから、観光客はそれを本物だと思ってしまうことも。まぁ、これは工芸品の産地全般的に言えることでしょうか。

「コレは何焼きですか?」という問い掛けは、焼物に興味を持ち始めた方に多くみられる問い掛けです。歴史的な定義でいえば、「信楽で焼いたもの=信楽焼き」であり、「伊賀で焼いたもの=伊賀焼」でした。「備前で焼いたもの」は備前焼きですし、萩で焼いたものは萩焼です。近代以前は、「粘土」というような重量物を輸送するなど考えられませんでした。よほど特別なものだけ。だから、「地産池消」ではないですが、「信楽焼の材料は、全て信楽村で採れるもので出来ている。」というものでありました。

「信楽の粘土を薪で焼いたもの」を「信楽焼」。「備前の粘土を薪で焼いたもの」が「備前焼」。「越前の土を薪で焼いたもの」が「越前焼」という具合にです。信楽の粘土は「長石粒」を含んでいるのが特徴。備前の粘土は鉄分を含んで耐火度が低いので、低温で焼き上げるのが特徴。越前の粘土は耐火度が高く、薪も雑木類で高温焼成を行います。更に言えば、有田では磁器土という、鉄分の無い稀有な粘土が採れます。白い土なので色絵に向きます。瀬戸では各種様々な粘土が取れるので、それを活かして多様な先端技術が開発されました。

ですから、世の中には色々な「〇〇焼」というものがありますが、「地元で採れる粘土に合った焼成方法を極めたもの」というものが本来であり、やはりそれが、最も優れた作品群です。

 

④伝統の現状と将来展望

「伝統」の言葉は、テレビやお店、色々なところで便利に使われます。しかし実際の話、現代に作られる焼物は、いわゆる伝統的な手法を用いていない場合が大半です。燃料は薪ではなく、「ガス」です。土は調合された粘土で、産地の名前がついていても、中身は全く別と申しますか、代表的な比率に「配合」された「ブレンド粘土」です。同じく、焼物を彩る釉薬も、天然原料ではなく、化学合成物を用いるのが基本。「陶芸作家」などと申しましても、土も釉薬も業者さんが作ったものを使って、単に「デザイン」をしているという具合の作家も非常に多く、また、それでも「十分に作家として通用する世界」になりました。

これは単に、作家の意識問題だけではありません。機械による大量生産の手法が確立したことで、とてもではないが伝統的な手法では、コストが全く話にならないという現状があります。ほぼ赤字事業です。百円均一の器も、20年ほど前ならば1000円や2000で売られていた品々でした。そんな低価格競争には、とてもじゃないが勝てない。せめて安く作れる手法を、ということで、伝統的な手法、手間を省いていった結果、世代交代の際には、その「伝統的手法を使わずに器を作る技術」が受け継がれてしまったわけです。

そうなると、今度は勉強不足や理解不足な商売人・行政・マスコミが拍車を掛けます。「信楽で作っているんだから信楽焼だよね?」ということで、「信楽の特質どころか材料的にも全て無縁」という焼物さえ、「信楽で作っているから」という理由で「信楽焼」を名乗っています。「コストも少なく、手軽に量産できるから輸送材料を使う製造業者」の器を、「信楽焼というブランドを付けた方がよく売れる商売人さん」が売り、「そのブランドを売り出す行政支援」が行われ、「テレビや雑誌でそれを宣伝」してしまっているのです。

この辺りは料理屋さんを考えると分かりやすいです。大阪市のフランス料理屋さん。これはフランス料理ですよね。日本料理じゃありませんし、大阪郷土料理でもありません。信楽に作られた「量産用陶器工場」の器というのは、もちろん信楽焼の器じゃないわけです。観光地にブチ上げられた「○○焼」なんていうのもあります。「復興〇〇焼」にも、残念ながら内情はこれに近いものが多い。

そして無情なことに。本来の伝統的な手法は、失われつつあります。量産安価で、外見だけ似せてあるもので十分だとされています。手作りっぽい器を、型で作る。手書きの模様を、印刷する。技術の進歩により、それこそ我々でも見分けの難しい「手作り風」が量産され、古い技術や手法は、過去のものとなりつつあります。

 

⑤所感

新しい時代に、古い伝統の技術が何の役に立つのか。私はそんな現状に抵抗するべく、伝統の世界へと飛び込んだ人間です。「10年もすれば」、「20年もすれば」。「いずれは伝統が見直される」。そんな話を聞きながら、早くも陶芸歴は10年を越えて、伝統は変わらず苦境続きで、展望は見えてきていません。より奇抜なもの、パッと見の良いもの。ともかく安価なものを使い捨てる。または丈夫な「特殊プラスチックの器」の登場もあります。身近な友人も、1人暮らしで日々の仕事が忙しい。急須なんか使わない。洗いやすい簡単なプラ食器を使って、ともかく日々簡単に食事を済ませる日々。器は、たまに友人と外食店舗で食べる時くらい。そんな生活に、「伊賀花入」が必要なのか。生活風習の変化はめまぐるしい。そこに、無理に高価な伝統工芸品を持ち込む必要があるのでしょうか。その疑問は、私の中にさえ存在するのです。

陶器は鑑賞用美術品となり、陶工は陶芸家となり、人々の生活から切り離された「美術品」への道を進んでいます。これが、今の陶磁器のエライサン、人間国宝の人々が選んだ道です。ここ100年くらいの、ちょっと前の話。でも、それでいいのかなぁ?、と思います。「茶道から離れた茶道具」と、「民間から離れた民芸陶器」。文字通りの名ばかり。ブランドが売れた時代、パッと見の良いものが売れた時代。

業界が選択したものは、本当に正しかったのでしょうか。疑問があります。生き残るための方便だったのならば、理解も出来ます。これからどうなっていくのか。それは、誰にも分かりません。歴史は、歴史をみるほどに、「歴史は繰り返す」こともあれば、「まさかの展開」ということもある。つまり、どうなるかは「誰にも分からない。」

 

生活風習の変化。伝統的な技術を保持しつつ、また、その技術で日用食器にも目を向けて。ともあれ足元の日々があります。家族や、子供が居ます。行けるところまで、行ってみたい。新しい選択肢が見えてくるかもしれない。そんな思いで日々制作させて頂いております。

 

 



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